傘が壊れる…

傘が壊れる…

どうしたものか、私は傘に「あたらない」。

もともとすぐ置き忘れたりするので、セールなんかで安物を選んで買うようにはしている。

ビニール傘でもいいんだが(実際に近所の買い物なんかはそうだけど)、いちおう外出用としては一般的な傘がよい。

この前、ちょっと奮発して、セール品だったけどブランド系の傘をかった。ゴールドベージュみたいな色にブランドロゴが同色で織り込まれたようなちょっと凝ったもので、柄の部分も細身ですてきなものだ。

セールとはいえ、ビニール傘何本分かのお値段である。

それだけ財布をいためただけに、自分でも用心深くなったようで置き忘れるようなことはなかった。

ところが何回目かで、プチッと音がしてあわてて傘をしめたときに、たたんだ傘の部分をとめる留め金が縫い目からとれてしまったらしい。気づいたのは帰宅してからなので、もう拾いに戻るわけにもいかなかった。

使ってみてわかったのだが、傘をたたんでも留めるところがないと非常に不便だし、周囲に迷惑なのである。

で、結局、そのままお蔵入りである。

思えばその前に購入したのはブランドものではないが黒字にアルファベットプリントが可愛くてけっこう気に入っていたのに、これは強風のときに骨が反対に折れてお陀仏になった。

このごろのゲリラ雨はなにしろ風がすごい。その後購入した何本かも、結局、数度使うだけで骨が曲がったり、突端の部分が折れたりで、寿命は短かった。

ところがどういうわけだろう。

コンビニで買ったビニール傘はどれも健在である。ビニール傘のほうが丈夫とはとても思えないのだが。

ビニールでもいいか、と毎回思うのだけど、やっぱり友達と出かけたりする時にいかにもコンビニ傘はちょっと気が引ける。

このごろは傘の修理をしてくれるところもあるようだ。

捨てようにも捨てられず、なんとなく玄関のすみっこに束になっている私の傘たちを、一度まとめて直してもらおうかとちょっと考えている。

いい傘を持てば、雨のおでかけも億劫にならず、それどころかハッピーな気持ちになれるかもしれない。憂鬱な雨も、手にする傘で乗り切っていきたいものだ。

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綿菓子のナゾ

お祭りになると屋台がたくさん並びます。最近は法律が改正されて、屋台ひとつ出すのにも大変みたいですが、まあ裏の話はさておき今日は綿菓子についてです。

屋台で買うものの原価など考えていてはお祭りを楽しむことなどできませんが、綿菓子の暴利はあまりにもひどい、と私は前々から思っていました。

綿菓子を作る機械がありますね。あれにザラメを入れるだけです。それだけです。それだけで100円。アニメのキャラの袋に入ったら500円もするのです。

ザラメの原価なんて数円です。びっくりするような原価率ですが、大人になってそれがわかった今でもなぜかお祭りになると買ってしまうのです。ナゾです。

フラフラと歩いて綿菓子の屋台をみかけると、なぜか足がそちらへ向いてしまいます。ホワホワの綿菓子を見ていると、なんだか無性に食べたくなってきてしまうのです。

そして気がつくと手にはしっかり綿菓子。歩きながら食べると色々なものがくっつきますが・・・それも込みで綿菓子なのです。

なんで買ってしまうんだろうなあと、お祭りのたびに綿菓子をもしゃもしゃしながら思います。ここで食べなくてはもう二度と食べられない、そんな気持ちに襲われるのです。

恐らくですが、子どもの頃に綿菓子を買ってもらえなかった思い出がいつまでも心にひっかかっているからでは、と私は考えています。

普段は思い出すことはないのですが、お祭りの中に身を置くと、ふとあの頃のことを思い出してしまいます。

その日は近所に住んでいた友達家族と一緒にお祭りにいきました。同じ小学校で同級生。いつも一緒に遊んでいた親友でした。その家族ともとても仲良くさせてもらっていました。

その子はRちゃんというのですが、Rちゃんが突然「綿菓子食べたいなあ」と言い出しました。Rちゃんのお母さんは「綿菓子は甘いからダメだ」と言って買ってくれません。

Rちゃんはみるみるうちに不機嫌になったのですが、何を思ったのか「今日は私が買うから食べさせてあげてよ」といって私の母親が綿菓子を買ったのです。

Rちゃんはとても喜んで、Rちゃんのお母さんは「ありがとうね~」といいながら受け取っていました。私も見ていて食べたかったので買って欲しいとお願いしました。

するとなぜか、「おまえはダメだ」と言われて買ってもらえなかったのです。綿菓子を嬉しそうに食べるRちゃんを横目でみることになってしまいました。

今でもなぜ母親がそのような行動をとったのか、意味がわかりません。それ以来、綿菓子をみると食べずにはいられないのです。