カラフルにチャレンジ

カラフルにチャレンジ

クローゼットの中をみると、ほとんど色味にバリエーションがない。

一番多いのは黒で、あと白とベージュ、たまに茶色。

同じクローゼットの棚においてあるバッグ類も同系色が並んでいる。

今年、雑誌を見る限りではけっこうカラフルな洋服が出そろっているようだ。

実際に店をまわると、とてもきれいなピンク色やあざやかなオレンジや緑も目につく。

ちょっと手にとって、鏡の前であわせてみたりすると悪くはない。顔色もよく映るし、なにも全身ピンクにするわけじゃないから、さほど派手な印象もない。

しかし、では買うか、となると踏ん切りがつかない。

緑のサマーセーターはジーンズにもあわせそうだし、意外と好印象なのだけど、いざレジへと向かおうとすると「ちょっと待て」ともうひとりの自分が止めてしまう。

オレンジのTシャツはほとんどあきらめ気味ではあったけれど、薄いピンクの半袖のオーバーシャツは実にいい優しい色合いで、これは白でも黒でもベージュでもどんなモノとでもあわせられそうで、そういう意味でも経済的でいいだろうと思った。

思ったのに、鏡の前から動けない。

ピンクかぁ……。

胸中どこかで「ピンクだよ、ピンクだよ」と声がわきあがる。自分の年齢を考えると、なんとなく違うような気もする。

それなりの年齢のおばちゃんが、時折、びっくりするようなカラフルな洋服を着ているのを見かけるが、大抵は「痛い……」と思う自分がいるから、二の足を踏むのだ。

といっておとなしい色合いは年齢とともによけいに「年寄りくさい」感じもする。きれいさもないし、センスを感じさせない。

無難な色合わせは、無難なコーディネートを呼ぶ。失敗もないかわりに、これといって印象もない。

夫にも「いつも同じ服」と言われるけど、そんなことはなくて、本当は「ちょっとずつ、少しずつ違う服」着てるんだけどね!!

でも色の印象は思ったより強いから、そういう無難な色合いのなかに、上手にきれいなピンクやピリっと赤色をさし色にして使えば、「おしゃれな」格好になるのだろう。

思い切って、ストールぐらい無難色から脱してみよう。

例えばクリームイエロー。例えばコバルトブルー。子供が持ち帰ってきた50色の色鉛筆を眺めながら胸のうちで小さな決心をする。レモンイエロー、深緑、オレンジに水色。

コロコロ色鉛筆をころがしながら、それをちょっと胸にあてて、「きっと買うぞ」小さな決心をした。

保健師

放任主義という名の

私の母親はいい意味でも悪い意味でも「放任主義」でした。子どものしたいようにやらせる、と言えば聞こえはいいのかもしれませんが実は違いました。

なぜなら、子どものうちはやりたいことをやろうとしてもお金がありません。必ず親のサポートがいるのです。そのサポートを母親はしようとしませんでした。

口では「好きなようにしたら」というのですが、実際はさせてもらえなかったのです。色んなことを我慢したように思います。

今思えば、興味がなかったのかなと思うふしもあります。私には妹と弟がいますが、その誰に大しても一定以上の世話をすることはありませんでした。

子どものことを心配するということを、必要以上にしない人でした。手を掛けない、という言い方がしっくりくるかもしれません。子どもに投資しない人でした。

勉強しろとはいいませんが、勉強するべき時期に環境を整えるということを知らない人でした。

まさに親はなくとも子は育つといいますか、この世に生んでくれて生きていけるようにまで育ててはくれたものの、それ以上はしないという徹底した人だったのです。

そのベクトルはどこに向かっていたのかというと、それは母親自身でした。自分には惜しみなく投資する人でした。それが子どもからすれば不思議なことでした。

友達の母親は友達の習い事やなんやかんやにお金をかけているのに、なぜ自分の母親はそれをしないのだろうと。

いつの間にか、自分たち兄弟姉妹のことに愛情がないのかもなと思うに至りました。それ以来、親に期待をしないようになりました。自分で何でもするようになりました。

今ではどこに住んでいるのかもわからない間柄です。母親は自分の好きなように人生を歩んでいると思います。元々そういう生き方しかできない人なのでしょう。

なぜ子どもを3人も作ったのか、未だに理解できませんが3人ともひとまず普通に暮らせているので問題はありません。

そろそろ自分も子どもが欲しいなあという年齢になり、ふと母親のことを思い出すことが増えました。別にキライだとか憎いとかいうことではないのです。

不思議なのです。自分がおなかを痛めて生んだ子どもに手を掛けないということ。私は恐らく親ばかになるでしょうから、きっと子どもからはウざがられるようになるのでしょう。

それがいいのかどうか、答えは子どもが大人になってからしかわからないものです。